頼んでおいた「退院サマリー標準化の試み」1)が届いたので読んでみた。この中に「病院での診療録の質を向上させるために最も有効な方法の1つは、退院サマリーを監査することである」という記述がある。その理由として「日常的な診療記録(経過記録;progress note)は、入院中においてはフローチャートや検査表、画像などとともに頻繁に閲覧されるものであるが、長期的な観点として、のちに逐一それらが回顧閲覧されることはまれであり、むしろサマライズされた文書としてのサマリーが重要情報として頻繁に参照されることとなる。その意味でサマリーは重要な公文書であり、その質を高めることが大切である」と著者は書いている。診療録の質的監査の一丁目一番地は退院サマリーにあり、というところだろうか。
著者の勤務する医療機関では図1に示す退院サマリーの構造を構築しており、それに対して図2に示す監査ポイントを設定し、「記載内容が十分であるか(2点)、記載されているが不十分であるか(1点)、あるいは記載が不適切ないし見られないか(0点)、評点していく」としている。
図1.退院サマリーの構造 |
図2.退院サマリーの監査ポイント |
図2に示す監査ポイントに記述に「適切に・・・抽出」とか「適切な記載」「きちんと書かれているか」「不適切な表現」「簡潔で読みやすく、正確であるか」などといった表現がみられるが、退院サマリーだけを入力データとした機械学習による評価(分類)の観点からすると基準が曖昧である。「適切」とは何か、「きちんと」とは何か、「不適切な表現」とは何か、何をもって「簡潔で読みやすく」と判定するのか、「正確」とは何をもってそう判断するのか、といった具体的な基準が必要である。
質的監査は人間、それも病気や治療のことをよく知っている専門家が行うという前提に基づいて実施されるため、こういった監査ポイントでも許容されるのかもしれないが、これをコンピュータで行うにはかなりあいまいな基準である。
これに対して、廣瀬らは彼らの研究2)で”問題点として、医師からは「専門領域以外はわからないこともある」「評価基準が明確でない」等があげられた。また、診療情報管理士からは「質の高い記載に必要な項目は医師にしかわからない」との意見が出された”と報告し、”これは、「専門の医師が質の高い診療記録に必要だと考える項目」は医師の頭の中にある、つまり「暗黙知」の状態にあることが原因だと考えられた”と考え、”この「暗黙知」を「形式知」として「表出化」し、それも「あるか、ないか」で判断できる項目にまで落とし込んだ監査基準とすれば、専門以外の医師や他職種にも監査が可能となる”と述べている。まったくもってその通りだと思う。つまり、質的監査は図2のような監査ポイントに隠れた「暗黙知」を「表出化」させて「あるか、ないか」で評価できるところまで明確化する作業で、これが出来上がれば、もう質的監査のフレームワークは完成したようなものである。「あるか、ないか」を判定するのは非専門家の他職種でもできるが、コンピュータにも十分にできる作業である。
【参考文献】
- 渡邉 直, 嶋田 元, 岡田 定:退院サマリー標準化の試み 退院サマリー評点を通じて医療記載を改善する. 日本POS医療学会雑誌, 19(1), 127-131, 2015.
- 廣瀬 弥幸, 森田 知之, 井上 公介, 赤澤 祐子, 牟田 久美子, 北村 峰昭, 川崎 智子, 小畑 陽子, 浦松 正, 西野 友哉:医療記録の質的監査 質的監査の2つのアプローチ. 日本POS医療学会雑誌, 20(1), 54-56, 2016.