2021年7月29日木曜日

退院サマリーの標準化

 頼んでおいた「退院サマリー標準化の試み」1)が届いたので読んでみた。この中に「病院での診療録の質を向上させるために最も有効な方法の1つは、退院サマリーを監査することである」という記述がある。その理由として「日常的な診療記録(経過記録;progress note)は、入院中においてはフローチャートや検査表、画像などとともに頻繁に閲覧されるものであるが、長期的な観点として、のちに逐一それらが回顧閲覧されることはまれであり、むしろサマライズされた文書としてのサマリーが重要情報として頻繁に参照されることとなる。その意味でサマリーは重要な公文書であり、その質を高めることが大切である」と著者は書いている。診療録の質的監査の一丁目一番地は退院サマリーにあり、というところだろうか。

著者の勤務する医療機関では図1に示す退院サマリーの構造を構築しており、それに対して図2に示す監査ポイントを設定し、「記載内容が十分であるか(2点)、記載されているが不十分であるか(1点)、あるいは記載が不適切ないし見られないか(0点)、評点していく」としている。

図1.退院サマリーの構造


図2.退院サマリーの監査ポイント

図2に示す監査ポイントに記述に「適切に・・・抽出」とか「適切な記載」「きちんと書かれているか」「不適切な表現」「簡潔で読みやすく、正確であるか」などといった表現がみられるが、退院サマリーだけを入力データとした機械学習による評価(分類)の観点からすると基準が曖昧である。「適切」とは何か、「きちんと」とは何か、「不適切な表現」とは何か、何をもって「簡潔で読みやすく」と判定するのか、「正確」とは何をもってそう判断するのか、といった具体的な基準が必要である。

質的監査は人間、それも病気や治療のことをよく知っている専門家が行うという前提に基づいて実施されるため、こういった監査ポイントでも許容されるのかもしれないが、これをコンピュータで行うにはかなりあいまいな基準である。 

これに対して、廣瀬らは彼らの研究2)で”問題点として、医師からは「専門領域以外はわからないこともある」「評価基準が明確でない」等があげられた。また、診療情報管理士からは「質の高い記載に必要な項目は医師にしかわからない」との意見が出された”と報告し、”これは、「専門の医師が質の高い診療記録に必要だと考える項目」は医師の頭の中にある、つまり「暗黙知」の状態にあることが原因だと考えられた”と考え、”この「暗黙知」を「形式知」として「表出化」し、それも「あるか、ないか」で判断できる項目にまで落とし込んだ監査基準とすれば、専門以外の医師や他職種にも監査が可能となる”と述べている。まったくもってその通りだと思う。つまり、質的監査は図2のような監査ポイントに隠れた「暗黙知」を「表出化」させて「あるか、ないか」で評価できるところまで明確化する作業で、これが出来上がれば、もう質的監査のフレームワークは完成したようなものである。「あるか、ないか」を判定するのは非専門家の他職種でもできるが、コンピュータにも十分にできる作業である。

【参考文献】

  1. 渡邉 直, 嶋田 元, 岡田 定:退院サマリー標準化の試み 退院サマリー評点を通じて医療記載を改善する. 日本POS医療学会雑誌, 19(1), 127-131, 2015.
  2. 廣瀬 弥幸, 森田 知之, 井上 公介, 赤澤 祐子, 牟田 久美子, 北村 峰昭, 川崎 智子, 小畑 陽子, 浦松 正, 西野 友哉:医療記録の質的監査 質的監査の2つのアプローチ. 日本POS医療学会雑誌, 20(1), 54-56, 2016.

2021年7月17日土曜日

退院サマリーの質的監査

 これまで退院サマリーの質的監査に関する情報を収集してきたが,「退院サマリー作成に関するガイダンス」と(それをもとにして作られた?)「HL7 CDAに基づく退院時サマリー規約」の2つの文書に集約されることに辿り着いた。

これらの文書は多職種間や多施設間で患者の診療情報を共有する要となる退院サマリーが標準化されていないのはおかしいという問題意識に立って作成されたもので,2019年10月に厚生労働省標準となり,現在ではこの規約に則って退院サマリーを作成しなければならないことになっている。

退院サマリーの質的監査を行うには,まず退院サマリーとはどういうものか,どういった情報が書かれているべきかを,明らかにしなければならないが,この標準化によってそれはもう終わっている。次に,書かれている情報の質を監査しなければならないが,それには基準が必要である。しかしながら, 「退院サマリー作成に関するガイダンス」のP14には<退院サマリー監査について>という記述があり,退院サマリーの定量評価の実例が挙げられている。これに従えば質的監査の評価得点が得られるということである(十分な記載があれば2点,記載はあるが不十分だと1点,記載なしだと0点,そして該当なしだとN.A.)。であれば,我々は何をすればよいのか?

例えば,退院サマリーの定量評価の実例の1項目目には「退院時診断名:適切に抽出列記されているか(主たる対象のみならず主要既存症が上げられているか)」という記載がある。これを機械的に評価できるだろうか?

「 適切に抽出列記されているか」どうかは電子カルテでその患者のプロブレムリストを見なければわからない。「主たる対象のみならず主要既存症が上げられているか」も然り。したがって,これを評価するには退院サマリーの記載だけでは不可能である。すなわち,自然言語処理の出る幕ではない。

次に,退院サマリーの定量評価の実例の2項目目に「退院時診断名:各診断名について発生時期の適切な記載,必要コメントの記載がなされているか」というのがある。これについては退院時サマリ―から「発生時期」の記載が見つかれば,「必要コメント」の記載が見つかれば評価できる(ただし,十分な記載か不十分かは別途基準が必要)。つまり,この第2項目目は第1項目目と違って自然言語処理の出番がある。

このように,まずはこの定量評価の実例の各項目について,退院サマリーだけで評価可能かどうかを選別する必要があろう。そして,評価可能であれば,その際の基準を明確にし,評価不能であれば,では,どうすれば評価可能になるかを考えることである。こういった地道な作業が結局は大切なんだと思う。それを他院サマリーを機械学習に突っ込んで分類するなんてあまりに乱暴で根拠薄弱である。

また, 「HL7 CDAに基づく退院時サマリー規約」のP49以降には付属書A「記述方法」というのがあり,退院サマリーの各項目(A1.退院時診断~A12.事前指示の12項目)に対する具体的で詳細な記載方法が説明されている。これは上述した「何が十分で何が不十分か」の判定を下すうえで参考になるかもしれない。

まずは,これらの文書を読みこなすことである。そして,退院サマリーの自動化を行う際,どこまでが自動化でき,どこからは自動化できないかを見極めることである。

機械学習ができることは多くはないかもしれないが,それでも面倒で時間のかかる単純作業は機械学習でできるかもしれない。何より客観的な基準が設定できれば退院サマリーの質的監査が一医療機関だけでなく全国の医療機関で標準化できるかもしれない。それはそれで素晴らしいことではないか。

また,標準化された退院サマリーはPHRにとっても重要な情報源であるという考え方には共感する。もし,医療機関が退院時に標準化された退院サマリーのCDAをUSBに入れてくれたら,それをPHRに取り込むことによりEHRが実現できるのではないか。USBではなくそれがクラウドであればどうか?もう,それは紛れもないEHRそのものではないか。今やっている大掛かりなシステムを構築しなくとも,(SS-MIXのような)リポジトリ―だけあればEHRが実現するというのは素晴らしいことではないか。

2021年7月16日金曜日

自然言語処理と形態素解析

退院サマリーの質的監査を自動化する試みとして自然言語処理を利用しようと考えているわけですが、退院サマリー作成に関するガイダンスのサンプルを見るにつけ、これを形態素解析して何がわかるんだろうと途方にくれます。

 もっと発想の転換が必要なのかもしれません。自然言語処理というとすぐに形態素解析して単語の頻度を数えて文書の分類をするという安直な発想を。

とはいえ、まずは基本的なところでMeCabでもやって形態素解析で何ができるのかを学びましょう。 Windowsのコマンドラインで利用する方法とGoogle ColaboratoryからPythonで利用する方法をマスターして、じゃあ、これで何をすれば退院サマリーの質がわかるんだろう、と考え込むことにしましょう。

一言で退院サマリーの質といっても難しいですよね。質って何?・・・文献を読むといろいろ書いているけど、結局、それって人間にしかわからないんじゃない?ってことになる。基準がないのですよね。みんな曖昧です。コンピュータに理解させるにはかなり具体的な基準が必要です。それをBOWモデルで機械学習にかけるとポンと答えが出てくるような、そんな都合の良い話はないですよ。

でも、この問題を最新のAI技術(BERTなんか)でチャレンジするのはとても魅力的です。やろうではありませんか!

2021年7月15日木曜日

退院サマリー

 退院サマリーの質的監査を自動化する・・・そう聞いて、退院サマリのサンプルが欲しいと思い、ネットをいろいろ探した。するとこんなものがあった。

退院サマリー作成に関するガイダンス

日本医療情報学会と日本診療情報管理学会の連名からなる退院時要約等の診療記録に関する標準化推進合同委員会というところが2019年9月に出している。この中に「HL7 CDA R2に基づいて電子化され、標準化された形として提案されている」という記述がある。これはHL7が2019年5月に出している「HL7 CDAに基づく退院時サマリー規約」のことだろう(同名の解説記事も参照)。

ガイダンスのP11に電子カルテから退院時サマリーへ自動流し込みをする様子が描かれている。P14には退院サマリー監査の実例も書かれている。これは渡邉らの「退院サマリー標準化の試み.退院サマリー評価点を通じて医療記載を改善する」3)を出典としている。また、P15以降は診療科ごとのサンプルが掲載されている。

【後日談】

調べてみると「HL7 CDAに基づく退院時サマリー規約」は2019年10月に厚生労働省規格になっていた。ところで「退院時サマリ―CDA文書のFHIRへの移植の可能性」という論文を見つけたが,これはどうも厚労省規格とは関係なさそうだ。


【参考文献】

  1. 渡邉 直, 岡田 定:医療記録の質的監査 退院サマリーの定量的・質的監査を通じて診療の仕方の質向上を狙う. 日本POS医療学会雑誌, 20(1), 61-65, 2016.
  2.  廣瀬 弥幸, 森田 知之, 井上 公介, 赤澤 祐子, 牟田 久美子, 北村 峰昭, 川崎 智子, 小畑 陽子, 浦松 正, 西野 友哉:医療記録の質的監査 質的監査の2つのアプローチ. 日本POS医療学会雑誌, 20(1), 54-56, 2016.
  3. 渡邉 直, 嶋田 元, 岡田 定:退院サマリー標準化の試み 退院サマリー評点を通じて医療記載を改善する. 日本POS医療学会雑誌, 19(1), 127-131, 2015.
  4. 脇田 紀子:電子カルテの監査 退院時サマリーの監査と課題. 日本POS医療学会雑誌, 17(1), 42-45, 2013.
  5. 渡邉 直, 高橋 長裕: ~標準化される退院時要約(退院サマリー)~-その構造とヘルスケアへの適用の意義-. 第39回医療情報学連合大会, 43-48, 2019.

2021年7月10日土曜日

診療録の質

 診療録の監査には量的点検と質的点検とがあり,前者は診療情報管理士が退院患者の電子カルテを確認して必要な記録が揃っているかを点検するのに対して,後者はカルテの内容に対する点検で,医師など医療者によるピアレビューなど,より内容に踏み込んだ点検を行う。

診療情報管理のこういった監査は,どういった内容をどの程度行っているのか,実態がなかなかつかめない。そこで,インターネットで入手できる文献を読んで,現状を把握する。

その第1弾として「電子カルテ時代における 診療録の質に関する研究」を読んでみる。これは2017年に公表された博士学位論文である。


【参考文献】

  1. 【電子カルテ版】診療記録監査の手引き
  2. 記載インターフェースの改良による電子カルテの記載の質と診療内容の質の変化
  3. スムーズな連携を行うためには ~ 診療情報集約のためのSOAを活用した院内システム間連携基盤の構築とその実効性
  4. TKC法律情報データベースLEX/DBインターネット医療判例

2021年4月15日木曜日

正規表現

正規表現を使ったパターン抽出

正規表現を使うと曖昧な文字列の探索ができます。典型的な例はテキスト中からの郵便番号の抽出や電話番号の抽出です。「JavaScript 正規表現まとめ」にその具体例があるので見てください。

また、とても簡単な応用で、テキストから漢字熟語を抽出することができます。

function extractKanji() {
  const text = '交感神経の興奮を心臓に伝えるβ1受容体を遮断し、心臓の過剰な働きを抑えることにより、降圧作用、抗狭心症作用、抗不整脈作用、抗心不全作用を示します。通常、本態性高血圧症(軽症?中等症)、狭心症、心室性期外収縮および慢性心不全(虚血性心疾患または拡張型心筋症に基づく)、頻脈性心房細動の治療に用いられます。';
  const re = /[一-龥]{1,}/g;
  while(result = re.exec(text)) {
    Logger.log(result);
  }
}

上記プログラムはUnicodeの漢字(「一」から「龥」までの範囲の文字)の1文字以上からなるパターンを探索してログに出力するプログラムです(Google Apps Scriptを想定しています)。

退院サマリーの標準化

 頼んでおいた「退院サマリー標準化の試み」 1) が届いたので読んでみた。この中に「 病院での診療録の質を向上させるために最も有効な方法の1つは、退院サマリーを監査することである 」という記述がある。その理由として「 日常的な診療記録(経過記録;progress note)は、入...